常磐線・小木津駅から歩いて23分、国道6号線の喧騒を少し離れると、静かな住宅街が広がっています。
道幅は細く、車を停めるのに苦労するほどですが、そのぶん暮らしのリズムはゆっくりで、穏やかな街並みです。
その一角に建つ二階建ての築56年木造住宅。

外観は驚くほどきれいで、とても「空き家」という印象は受けませんでした。
庭の雑草は短く刈られ、カーポートには今も車が出入りしているかのような気配すらあります。

「長く空き家になっていたら、こんな姿にはならないはず」
その直感は、やがて耳にした一つの物語によって裏付けられました。
夫婦が守り抜いた暮らしの舞台
かつてこの家に住んでいたのは、地元で働き、家庭を築いたご夫婦でした。
日立は「ものづくりのまち」として栄え、工場に勤める人々が多く暮らしてきました。
ご主人もその一人で、まじめに働き、家族のために日々を支え続けました。
妻は家を整え、子どもたちを育て、この家に数えきれないほどの思い出を刻みました。
家を訪れたとき、玄関脇のウォークインクローゼットの造り付け棚を見て、私は「生活の手触り」を感じました。

誰かの暮らしが確かにここにあり、その工夫が今も残っている。
そして、水回りを見たとき、その思いはさらに深まりました。
キッチンは新しく交換され、洗面台や浴室も清潔そのもの。


年老いても、できる限り心地よい暮らしを続けようと、夫婦は手を入れ続けたのでしょう。
空き家に漂いがちな寂しさや荒廃感はなく、むしろ「まだここで人が暮らしているのでは」と錯覚するほどの温もりがありました。
避けて通れない出来事
この家には「心理的瑕疵あり」という告知がついています。
ここで奥様が、自ら命を絶たれたからです。
この事実に触れるとき、どう言葉を選ぶか、正直とても迷いました。
軽く書き流すのは誠実さを欠きますし、過度に強調するのも違う。
ただ、私が現地を訪れ、家の空気に触れたときに感じたのは「暗さ」ではなく、「最期まで人が暮らした跡」でした。
それはつまり、「この家が最期の場所に選ばれるほど大切にされていた」ということでもあります。
人が命を終えるということは、重く、悲しいことです。
けれど、空き家にとって「誰もいなくなって荒れ果てる」ことのほうが、むしろ深い寂しさを刻むのではないか──。
そう考えると、この家が背負った出来事は、単なる「瑕疵」ではなく、ひとつの「歴史」として受け止められるように思うのです。
TEAMRが見つめるのは、空き家の先にある暮らし
TEAMRは、空き家を活用する不動産会社です。
「人が生きた痕跡をどう受け継ぎ、次の暮らしへつなげるか」──その問いを背負い、現場に足を運んでいます。
空き家は今、日本各地で増え続けています。
人口減少、都市集中、世代交代……。
理由はさまざまですが、放置された空き家はやがて街を蝕みます。
景観が損なわれ、防犯上のリスクも高まり、地域の暮らしそのものが揺らいでしまう。
けれど、私が取材してきた空き家の多くは、ただの「古い建物」ではありませんでした。
そこには家族の歴史があり、地域とともに過ごした記憶がありました。
今回の日立市相田町の物件も、その一つです。
心理的瑕疵という重みを抱えながらも、手入れされ続けた住まい。
そこに残っているのは、「人が暮らした痕跡」と「これから暮らせる可能性」の両方なのです。
38,000円で手に入る、一軒家の贅沢
この家の間取りは、和室が三部屋(6畳・6畳・8畳)、洋室が一部屋(6畳)。
合計106㎡を超える広さがあります。

二間続きの和室は広縁付きで、窓を開ければ外の空気がすうっと通り抜けます。
ここで昼寝をしたり、子どもが走り回ったり、あるいは障子を閉めて静かに本を読む──。
そのどれもが自然に想像できる空間でした。
印象的だったのは広縁の照明。和風でありながら洒落たデザインで、この場所がきっと住まい手のお気に入りだったことが伝わってきます。

キッチンは大きく、料理を楽しむ暮らしがすぐに始められそうです。
ペット可の物件ですから、犬や猫とともに台所に立ち、食事の準備をする光景が浮かびます。
また、社宅利用や事務所利用も可能。
リモートワークの広がる今、都市部から離れて「静かな場所で暮らしつつ、働く」スタイルにも向いているでしょう。
家賃は月額38,000円。都心部のワンルームよりも安く、一軒家が手に入ります。
二階に残された課題と希望
もちろん、すべてが完璧なわけではありません。
二階には雨漏りの痕跡があり、屋根の古さも否めません。


室外機が木の板に乗せられ、針金で固定されている姿も、少し心細さを感じさせます。
けれど、この物件には「DIY可」という条件があります。
つまり、これらの課題を「修繕」という形で住む人自身が手を加えることができるのです。
誰かが暮らし、手を加え、また次の誰かに受け継がれる。
その連鎖が続いていけば、空き家は「地域の負債」ではなく「地域の資産」に変わります。
日立市相田町の風景と未来

日立市は、東に太平洋、西に多賀山地を望むまちです。
そのため、夏は涼しく冬は温暖。
四季を通じて寒暖の差が少なく、過ごしやすいのが大きな魅力です。
朝、少し足を伸ばせば水平線が広がり、夕方には山の稜線が赤く染まる。
そんな風景が、日々の生活をやさしく包みます。
近隣にはコンビニ(徒歩5分)、スーパー(徒歩7分)、小学校(徒歩14分)といった生活施設が揃っています。
国道6号に出れば飲食店やドラッグストアも豊富で、不便を感じることは少ないでしょう。
ここで新しい暮らしを始めることは、「豊かな自然に囲まれた生活」と「必要な利便性」を同時に手にすることを意味します。
空き家は、半世紀の人生を背負っている
空き家取材のたびに痛感するのは、空き家とは「人の人生そのもの」だということです。
築50年の家は、半世紀分の人生を背負っています。笑い声も、涙も、静かな日常も。
今回の相田町の家は、奥様の悲しい最期を背負った住まいです。
けれど、それと同じくらい、いやそれ以上に「夫婦が大切に守ってきた半世紀」が刻まれています。
TEAMRは、その両方をまっすぐに受け止めたい。
そして次に住む人が、この家を新しい物語で満たしていけるように、橋渡しをしていきたいのです。
空き家は次の暮らしへの舞台、TEAMRの使命

この家は、ただの空き家ではありません。
誰かの人生があり、誰かの愛情が宿り、そして新しい暮らしを待っている「舞台」です。
心理的瑕疵があるからこそ、人によっては躊躇うかもしれません。
けれど、心のどこかで「人の記憶を受け止めながら暮らしていきたい」と感じる方にとって、この家は他にはない特別な出会いになるはずです。
TEAMRは、家に残る人生の跡を見つめ、それを次の暮らしへつなげる活動を続けていきます。
TEAMR 運営サポートメンバー 鈴木 裕子