空き家の転貸事業は、地域課題の解決と収益化を両立できる、非常に魅力的なビジネスです。
一方で、その現場には「知らなければ、立ち止まってしまうリスク」が確かに存在します。
今回、TEAMR加盟メンバー向けに開催されたセミナー
「空き家のリスクに向き合う ― 特殊清掃の現場について ―」
講師は、株式会社Sweepers 代表の 小山奈津美様。
孤独死、事故、ゴミ屋敷、多頭飼育崩壊、水害、火災……。
私たちが日常では目を背けがちな現実と、
真正面から向き合い続けてきた「特殊清掃のプロ」から語られた言葉は、
空き家転貸に関わるすべての人にとって、避けて通れない学びでした。

空き家の転貸事業は「リスクを知ること」から始まる

セミナーの冒頭で語られたのは、非常に率直なメッセージでした。
「空き家の転貸事業は、リスクと無縁ではいられません」
とくに注意すべきなのが、心理的瑕疵の存在です。
心理的瑕疵物件とは、過去に事件・事故・自殺・孤独死などがあり、
建物自体に問題がなくても「住むことに抵抗を感じる」と判断される物件のこと。
実際に、みらい不動産では
「事故物件として掲載したが、相場より家賃を下げても半年間まったく反響がなかった」
という事例も紹介されました。
「安くすれば決まるだろう」
その安直な考えが、事業の停滞や資金繰りの悪化につながる可能性がある。
この現実は、転貸事業に挑戦するすべての人が最初に知っておくべき事実です。
借上前だけではない「貸出後」に潜むリスク
さらに重要なのは、リスクは借上前だけでなく、貸出後にも発生するという点です。
・入居者の突然死
・自殺
・夜逃げ
・ペットの多頭飼育
・ゴミ屋敷化
どれも「起きてほしくない」出来事ですが、現実には、一定の確率で起こります。
そして、そのときに必要になるのが「特殊清掃」という専門分野です。
特殊清掃とは「掃除」ではない

小山様のお話で、特に印象的だった言葉があります。
「特殊清掃のゴールは、体液を拭き取ることではありません。
私たちは“匂いを取ること”をゴールにしています」
孤独死などの現場では、体液や血液が床や壁、建材の奥深くまで染み込みます。
表面をきれいにしただけでは、時間が経つにつれて臭いが戻り、「再度貸し出せない部屋」になってしまう。
だからこそ、必要に応じて床や壁を解体し、どこに臭いの発生源があるのかを突き止める。
原因を取り除いたうえで、清掃を行い、最後に消臭を施す。
この工程を踏まなければ、どれだけ消臭作業を重ねても、根本的な解決にはならないのだといいます。
実際に、他社で清掃したあと「匂いが残ったまま」としてやり直しの依頼が来るケースも非常に多いそうです。
特殊清掃とは単なる清掃ではなく、
「健康・安全、そして再び人が暮らせる状態に戻すための専門技術」なのだと、強く感じました。
現場対応で「絶対にやってはいけないこと」
孤独死の現場で、最初にやってしまいがちな行動があります。
それは、「貴重品だけ先に持ち出そう」と、ご遺族や管理会社が入室してしまうこと。
小山様は、はっきりとこう話されていました。
「それだけは、絶対にやらないでほしい」
なぜなら、体液や血液が残った状態で人が歩き回ると、汚染が部屋全体、さらには共用部にまで広がってしまうから。
結果として、作業工程が増え、費用も上がってしまうのです。
最初に行うのは「一時処理」という配慮
本来、最初にすべきことは特殊清掃会社へ連絡すること。
そして行われるのが「一時処理」と呼ばれる作業です。
これは、目に見える体液や血液を取り除き、養生を施したうえで、はじめてご遺族に入室してもらう工程。
その目的は、作業効率だけではありません。
「最後に見た部屋が、“人が亡くなった現場そのもの”にならないようにするため」
ご遺族の心を守るための作業なのだと、胸に残る言葉でした。
「きれいに見える」だけでは、終われない
特殊清掃の現場では、どんなに真夏でも窓を開けることはできません。
完全防護の状態で消毒を行い、汚染物を除去し、必要に応じて床や壁を解体する。
体液の主成分は血液ではなく脂。
床下、断熱材、建具、畳、天井へと染み込んでいきます。
だからこそ、
・汚染部分の解体
・通常退去以上の清掃
・発生源を断ったうえでの消臭
この順番を踏まなければ、意味がない。
「発生源を残したままの消臭は、お金を捨てているのと同じです」
不動産に関わる人ほど、重く受け止めるべき言葉だと感じました。
空き家と切っても切れない「孤独死」という現実

こうした話を聞く中で、避けて通れないテーマが浮かび上がってきます。
それが、孤独死です。
高齢化が進む日本では、「一人暮らしのまま、誰にも看取られずに亡くなる」
というケースは、決して珍しくありません。
特殊清掃の依頼で最も多いのも、孤独死が発生した住居の原状回復だといいます。
発見まで数日で済むこともあれば、1週間、1か月、時には1年以上経過してから見つかることもある。
その間に、体液や臭いは建物の内部にまで浸透し、通常の清掃では対応できない状態になってしまう。
特殊清掃の現場では、亡くなった事実そのものよりも、その人がどんな暮らしをしていたのかが、部屋の中に静かに残っていることがあります。
床や布団の周囲には、抜け落ちた毛髪がそのまま残っていることも。
それは、誰かが倒れた瞬間ではなく、長い時間をかけて、そこに横たわっていたことを物語っています。
真冬にもかかわらず、部屋にはエアコンが設置されていない。
暖房器具も見当たらない。
敷かれているのは、体を守るにはあまりにも心許ない、薄い布団が一枚だけ。
その上で、誰にも気づかれないまま、静かに命を終えたのだと知ると、
現場は一気に「作業場所」ではなく、ひとりの暮らしの終わりを伝える空間に変わります。
孤独死は、「特別な人」に起きる出来事ではありません。
どこにでもある家で、誰にでも起こり得る現実です。
静かに進行する「多頭飼育崩壊」という現場

特殊清掃の現場は、孤独死だけではありません。
近年、確実に増えているのが多頭飼育崩壊の現場です。
最初は、
・一匹だけだったペット
・寂しさを埋める存在
・家族の代わりだった存在
そこから、避妊・去勢されないまま増え、飼い主の体調不良、経済的問題、孤立が重なり、
気づいたときには「助けて」と言えない状況になっている。
実際の現場では、言葉を失う光景に出会うことも少なくありません。
床の上には、長い時間をかけて積み重なった排泄物が層のように広がり、
どこまでが床で、どこからが糞なのか、一目では判別できない状態になっています。
家具の下や押し入れの奥から、白骨化した猫の遺体が見つかることも。
その部屋には、命が失われた痕跡と、助けを呼べなかった時間が、そのまま積み重なって残っています。
そこにあるのは悪意ではなく、限界を超えた暮らしです。
現場を知ることは、覚悟を持つこと

現場を知るということは、最悪の事態を想定したうえで、それでも関わる覚悟を持つことだと感じました。
孤独死や多頭飼育崩壊は、できれば知らずにいたい現実です。
けれど、空き家を預かり、人に貸し、暮らしをつなぐ事業を選んだ以上、
「起きたときにどうするのか」を知らないままでいることのほうが、大きなリスクになります。
知らなければ判断は遅れ、判断が遅れれば、被害も費用も、関わる人の負担も広がってしまう。
だからこそ、起きてしまった現実から目を背けず、感情に流されずに専門家へつなぎ、自分が担うべき範囲と、手を離すべきラインを知っておくこと。
それが、空き家転貸事業を続けていくための「覚悟」なのだと思います。
未経験から特殊清掃業界へ ― 小山様の挑戦

もう一つ、心に残ったのが小山様ご自身のキャリアのお話です。
もともとは、学習塾の講師。
特殊清掃とはまったく無縁の世界から、この業界へ飛び込み、今では全国を飛び回る存在に。
小山様が語ってくださったのは、今でこそ“確信”として語られているこの工程が、最初から分かっていたわけではなかった、という事実でした。
最初の現場では、表面をきれいにしても、どうしても匂いが消えない。
「なんでだろう」そう考えたとき、“原因は、見えていない裏側にあるのではないか”という疑問に行き着いたそうです。
けれど当時は、電動工具を触ったことすらない状態。
それでも、電動工具を買い、床を解体するところから作業を始めました。
床を剥がしてみて、ようやく匂いの原因が分かり、解体したことで、匂いは確かに軽減したそう。
しかし、それでも完全には消えない。
次に行ったのが清掃、さらにプロの清掃業者を入れ、そのうえで消臭を行ったことで、ようやく空気が元の状態に戻ったといいます。
この経験から、解体・清掃・消臭のすべてが欠けてはいけない工程なのだと確信したと、小山様は語られていました。
学習塾の講師で、建築の知識もない。
畳の剥がし方すら分からないところからの挑戦。
不安は大きかったものの、「もう始めてしまったから、やるしかなかった」と。
そして最後に、「助けてくれる仲間がいたから続けられた」
その言葉が、とても印象に残りました。
TEAMRでは現場を学ぶ
小山様の挑戦は、特別な技術者だからできた話ではありません。
建築の知識もなく、電動工具を触ったこともないところから、失敗と試行錯誤を重ね、
「なぜ匂いが消えないのか」という疑問に向き合い続けた。
その積み重ねが、今の確かな判断につながっています。
成功談だけを並べるのではなく、起きてしまったときに、どう判断し、誰につなぎ、どこで手を離すのか。
その判断軸は、机の上ではなく、現場からしか生まれません。
今回のセミナーは、空き家に関わる人間としての「覚悟」を問われる時間でした。
だからTEAMRでは、机上の空論ではなく、現実の現場を学ぶ。
この姿勢こそが、空き家転貸事業を「一時的な挑戦」ではなく、続けられる事業にしていくのだと、改めて感じました。
TEAMR 運営サポートメンバー 鈴木 裕子